美しい城

そこはとても窮屈だった。
常に太ももが胸板にべったりつくくらい足を折り曲げていないといけなかったし、両腕は隙間を探して膝の裏にくぐらせていた。そこはじっと目を見開いていても暗闇だった。意識して何度も目を瞬かせると砂糖の塊をつまんで潰したように小さな光が弾けた。ときどき無性に伸びをしたくなって、自由に動けるスペースの少なさに気が触れそうになること以外は概ね満足している。何よりここにいるとどうしようもなく満たされていたから。

胸に何かが触れている姿勢は安堵を覚える。この感覚欲しさに女性は精神的なつながりのもう一歩先を覗いてみようと思うのだろうか。こんな具合に他人と密着していたらいつ刺されたって文句は言えない。
ここにいれば誰も入ってこないし、どこかに迷い込んでしまうこともない。どこにも行けないけれど、ここにはいられる。来る日も来る日もやさしく丸い夢を見た。記憶は研磨されてより鮮明に瞬いて。ただ、ずっとずっとこんな姿勢でいたら、急にすっくと立ち上がって踊りだすなんてことはできないかもしれない。踊る趣味はないけれど、駆け出して体全体で喜びを表現したくなることもある。それが出来なくたっていいと思えるくらい幸せな日々だった。


ガタタン。
ある日、不穏な物音に浅い夢から引きずり戻された。辺りは相変わらずの黒色で目をぐるぐるまわして見てもそれが何の音なのかは分からなかった。今度は耳をそばだててみると、ぐらり、壁が揺れた。重心が崩れて反対側の壁に頭をぶつけた。腕はずっと膝の下で役に立たなかった。
ガタン。
今の音は天井から2,3度続けて聞こえてきた。誰かが訪ねてきたのは確からしい。ノックにしてはずいぶん乱暴な音。それに加えて人の話す声がする。耳障りな音は次第に大きくなっていく。この人たちはドアを無理やりこじ開けて侵入してくる気なのだ。直接頭の中に叩きこまれるような騒音に耳を覆った。やめてやめて。そんなことしたら壊れてしまう。
一瞬物音が止んだかと思えばドアの隙間に薄いものが差し込まれた。その恐ろしさにたまらず、目を見開いたまま縮こまるようにして膝をいっそう強く胸に押し付けた。だめ、お願い。

「開けないで、……」

ひゅっと息をのむのと同時にドアは取り外された。強烈な白い光が視界を覆い尽くして、私は言葉をなくした。

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